由緒:
当地一帯は「萱島流作新田」と呼ばれる開拓新田だったといいます。
その鎮守として天明7年(1787年)に萱島開拓の祖神を祀ることとなり、豊受大神・菅原道真が勧請・合祀されました。
明治時代には村社に列し、「神名社」という社名であったことが明治12年(1879年)の記録にあります。
明治40年(1907年)に一旦廃社となりました。
当社境内には樹齢700年と推定される楠がありますが、京阪本線の高架・複々線化の予定地内にかかり、伐採されることになりました。しかし、市民に親しまれていることから保存することになり、ホームと屋根を楠が突き抜ける形で駅が作られています。
京阪電鉄が社殿を造営・寄進し、昭和55年(1980年)7月、「萱島神社」として再興されました。
こうしたことから駅のガード下に位置し、境内大楠が駅を突き抜けている特異な神社となっています。