由緒:
足の守護神である三つ足烏が社紋の当社は、厄除招福・家内安全・諸願成就の他、サッカー神社としても親しまれています。
三つ足烏は日本サッカー協会のシンボルでもあるため、当社ではサッカー日本代表の公式エンブレムのついている日本サッカー協会公認のお守り・絵馬等が販売されています。
当社の創建は724年(神亀元年)に全寿仙人によって開かれたと伝えられています。
熊野山の中腹に鎮座しており、和歌山県熊野三社の祭神と御一体・熊野権現(伊邪那美尊・ 事解之男命・速玉之男命)を祀っています。
また、関東随一の大霊験所としても有名なほか、関東地方における熊野信仰の根拠地として、横浜北部の総鎮守の宮としても知られており広く崇敬を受けています。
1869年(明治元年)、神仏分離の際、熊野神社と法華寺に分かれ、明治3年には県社に列格しましたが、氏子の陳情により明治6年には33ヶ村の郷社に列しました。
境内には主にアカガシなどの暖帯林の自然植生をよくとどめているため、師岡熊野神社の社叢林として神奈川県指定天然記念物に指定されています。
門前には弁財天を祀る「い」の池、裏山に神事に使う「の」の池があり、現在は埋められてしまった大曽根第二公園となった「ち」の池と、併せて「いのち」の池と呼ばれていました。