由緒:
宮崎県児湯郡都農町にある当社は明治以前は宮城社、宮城宮と呼ばれ、地元の人からは一之宮神社と呼ばれて親しまれてきました。
創建は古く、社伝では神武天皇即位の6年前、天皇が東征に向かう際に鎮祭したことに始まるとされており、その歴史は古くに遡ります。
祭神である大己貴命は沢山の妃を娶ったとされ、また、多くの御子を設けました。
元より大己貴命は都農町の守り神として土地の神として祀られていたとされていますが、そのことから縁結びや子孫繁栄の神として伝わるようになりました。
また、大己貴命は医療の神や商売繁盛の神としての側面も持っており、色んな信仰を集めていました。
当社は地元民だけでなく在地領主からも崇敬を集め、時代の流れによって兵火を受け社殿や社宝、古文書類などを消失し衰退すると言ったこともありましたが、後に再興されたり、造営されるなどして今の姿が現存します。
その他、御札授与所前に立つ当社の楠は都農町指定天然記念物に指定されている文化財とされており、一目見ておきたい見どころだと言えるでしょう。