由緒:
筑前国一宮である当社は京都府八幡市の石清水八幡宮と大分県宇佐市の宇佐神宮と三つ合わせて日本三大八幡宮であることから、筥崎八幡宮という別称でも親しまれています。
よく間違えられてしまいますが、当社のはこ、という文字には「箱」という意味ではなく円筒状の容器を表す「筥」が正しいです。
しかし、当社が座している地域では恐れ多いという理由から地名も駅名も「箱崎」と正しくない方の「箱」という漢字が使われています。
鎌倉時代の蒙古襲来の際、神風が吹き困難を乗り越えたという過去から、当社は厄除けや勝運の神様としても有名で、以降歴史上の名だたる武将たち、足利尊氏、豊臣秀吉、大内義隆、小早川隆景などが参詣したとされています。
蒙古襲来ではその際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、それは今も楼門に勅額がかけられています。
第二次世界大戦末期にはこの「敵国降伏」の勅額を元にしたデザイン切手を発行しましたが、全国で販売されるに至るその前に終戦してしまい、結局全国に行き届かなかったという過去があります。
ちなみに、前述の勅額が飾られている楼門の他、本殿に拝殿、一の鳥居に石燈篭が国指定の重要文化財となっています。