由緒:
1482年(文明14年)、筑前の国橋本村に宗家されたのが当社の始まりで、以降橋本村一円の鎮守神として尊崇を集めました。
江戸時代になると橋本村で生まれ育った福岡藩三代藩主黒田光之侯により産土神として、橋本の八幡宮は藩より格別の崇敬を受けるようになり、1666年(寛文6年)には橋本村から西新の地(百道松原)へ遷宮し、藩内有数の大社となりました。
歴代藩主の崇敬も篤く、神領100石が寄進されるなどたびたび藩主の親拝があり、福岡藩・黒田家の守護神として多いに賑わってきました。
1872年(明治5年)に村社になった1913年(大正2年)には境内地近隣に鉄道が引かれたため、今の場所へと移転しました。
1922年(大正11年)には県社へと昇格し、今もなお西新地区の鎮守神として、西新・藤崎地域の住民から篤い崇敬を受けています。
また、移転した後の橋本地区には、現在新たに橋本八幡宮が鎮座しています。
当社は紅葉八幡宮という名前の通り境内には多くの紅葉の木があり、境内地のうち約2000坪が紅葉公園とされています。
秋には見事に真っ赤な紅葉を楽しむことができるので、紅葉スポットとしても有名です。