由緒:
当社は八坂神社(祇園社)と対峙する位置、京都市西部、四条通西端に鎮座しており、松尾山に残る磐座での祭祀が始まりとされています。
701年(大宝元年)に秦の始皇帝の子孫と称する秦氏集団の秦忌寸都理が文武天皇の勅命を賜わり、社殿を設けたといわれ、後も秦氏よって氏神として奉斎されています。
平安京遷都後は東の賀茂神社とあわせて「東の厳神、西の猛霊」と称され、当社は西の王城鎮護社に位置づけられています。
秦一族は酒造を特技としていたこともあり、中世以降は酒の神としても信仰されるようになりました。
そのことから今もなお、醸造家からの信仰が篤い神社として知られています。
境内の神與庫には多くの酒樽が並んでおり、これは全国各地の酒造業者が奉納したものです。
霊亀の滝の手前には亀の井と呼ばれる湧き水溢れる霊泉があり、
この水を元に酒を醸造すれば腐らないという言い伝えがあるほどです。
また、この水には延命長寿や蘇りの水としても有名ですが、一般的には茶道や書道に用いる普通の水・家庭用水として酌み帰る方が多いです。