由緒:
当社の創建年代は大変古く、仁徳天皇が高津宮の皇居守護神としてお祀りされたと伝えられています。
仁寿二年九月に里人産土神として社殿を修営し、文保二年六月に改装を行ったと記録があり、 大阪夏の陣の兵火にあったのち、寛永二年に再建されたといいます。
江戸時代には八劔大明神と称し、明治五年に村社となり八劔神社と改称、この村の氏神さまとして崇敬を集めていました。
明治四十二年十一月に東成区中本の八王子神社へ合祀し、 現在は八王子神社御旅所となっています。
境内には樹齢約1,300年の大楠があり、俗に「楠神社」と呼ばれています。
明治 十八年六月の淀川切れ大洪水のとき、この地の住民四十数名が此の楠の大枝に三日間避難して、 かろうじて生命が助かったと言います。